ARCUS

3.11に想うこと「一日一生」

  • 2020年03月13日
  • ブログ

昨日は 3.11日。
東日本大震災から9年になりましたね。
たまたま、この日は我が家の父の誕生日なんですよ。
71歳の誕生日を迎えました。
9年前、実家で父の誕生会をしている時に、まさにリアルタイムでテレビで津波に家や人が飲み込まれていくのを目の当たりにして家族全員、絶句したのを覚えています。

いつ命の火が消えるか私達には分かりません。
しかし、その日がもし明日来ようとも悔いなき今日を過ごしたいとここ数年はずっと思っています。

今日の内容は私のつぶやきですが、私がどんなことを思って仕事をしているか
そんなことを知ってもらえたらと思います。

どうやって死ぬかより、「どうやって生きたか」

(谷川俊太郎さんの誌を拝借しました)

皆さんは、身近な人の「死」を経験したことがありますか?
私は、2年前に義父を、そして一昨年、実母を亡くしました。
また、お腹の赤ちゃんを4回亡くしたことがあります。

それはそれは辛い。
自分の中で命が消える、自分が家族を亡くすという経験をして初めて、人の痛みや悲しみが本当にわかることって多いですよね。
辛いって言葉では現わしきれないというか、魂までもが壊れる感じです。

人が亡くなると、
「なんで(何が原因で)亡くなったの?」とか
「何歳だったの?」
「えーそんな若くで!早いね!」
「その年なら大往生だね!」

なんて会話が当たり前にされますが、私はちょっと違和感を感じます。
私の母は65歳でこの世を去りました。確かに若かった。
娘としては、まだまだこれからも一緒にあちこち行ったり色々と話をしたりしたかった。
やっと還暦迎え、さ~これから第二の人生ね!(世間的に)なんて言ってる時に、病に倒れました。

けど、娘としては(二回目ですが)、それが母が80歳になってもやっぱり大好きな人は側にいて欲しいんですよ。
80歳だから、90歳だから、もう仕方ない、大往生だ!じゃなくて。
何歳であっても、いつか人は死ぬと思っていても、側にしてほしいものです。
人生100年というスケールにあてはめたら、母は確かに若かったし早かった。
でも、母は父と共に一代で事業を立ち上げ、今では社員60名を抱える会社を作り上げた創業者でもあり、子供4人を産み育ててもくれました。
母は、人より倍働くことで、倍の速さでこの世のお役目を果たして逝ったのだと思います。

働きづくめで日々スーパー多忙で、もっと旅行に行ったり、のんびりしたり、もっと娘や孫の成長を見届けたかったかもしれないけど・・・
こればかりは、当の本人でない周りが勝手な目線で思うことで「死ぬのが早い」とか、「もっと長生きしたら~」って、しかも「かわいそう」って言葉も、実際に自分に向けられると、それもまたなんか違和感でもありました。
「・・・ん?お母さんってかわいそうなんだっけ?」キョロキョロ

しかしながら、病床の母は父との創業話を「楽しかった~」と、ニコニコして話していました。
きっと、母にしかわからない幸せや達成感があったのだろうと思います。

もちろん、亡くなっていく人の中には「もっと○○したかった!」と悔いがある方も多いと思います。
特に、震災のようにいきなり命が奪われることもあるのだから、報われない思いを抱えた魂が沢山あるのも理解できます。

でも、死の瞬間だけを切り取ると
「まだ若くてガンで亡くなってかわいそう」(母ね)かもしれないけど私は、母が短くても重ねてきたその生き方が、今も尚、この地域で沢山の人々の間で受け継がれ、話継がれていくことに寂しさ以上に喜びや誇らしさまで感じます。
肉体を離れても尚、未だに母の息づかいや温もりは側に感じられ、私達を支えてくれてるんだと、つくづく実感します。

少し感の強い私は、時々、夢や日々の様々な場面で、母からのメッセージをもらうことも多く、もう触れる肌はないけれど想いにはいつも触れることができ、よく心の中で会話をします。

また、この手に抱くことのできなかった我が子達も、その時は当たり前に産まれるのだろうと思ってた私にとって深い深い悲しみと苦しみでしかなかったですが今、こうしてその子らを「産めなかった」という人生もまた、意味があるものだと思っています。
そして本来ならもっと兄弟がいたかもしれない我が子達も、「双子」として生きていることも意味があるのでしょう。

沢山の悲しみは、私自身の価値観や生き方も変えていったと言っても過言ではありません。
残されていく人も、悲しみの中で様々な学びをもらいますね。

誰かが、私達は日々「死」に向かって生きていってるんだ、と言いました。
いつか来るその日のゴールをどう迎えたいのか、それも大事ですがそれよりも、そこに向かう道をどう歩むか、その人生の過程をどう転がって、歩いたり走ったり、時には立ち止まったりしながらも歩むかがきっと、最期のゴール以上に大事なんだろうと思います。
思うようにいかないからこそ、生きるって楽しいのかもしれません。

「ARCUS」の願い と 「なりたい私へ」に秘める想い

独立して10年になります。
「ARCUS」はラテン語で「橋」という意味です。
人と人とのご縁を「つなぐ」、子供達へ確かなへ未来(人も自然の命も)を「つなぐ」というその架け橋でありたいという願いを込めて、スタートしました。

プライベートでも「生と死」を沢山経験し、私には今のところ「生」の道が与えられた。
これはどういう意味なんだろう、この命(使命)をどう使うべきなんだろう、と毎回、毎回、考えさせられてきました。
そして、サロンでは死へ向かうお客様の施術(緩和治療)もさせて頂くようになりました。
誰かの死に触れる度に、
「私はどういう自分でありたいの?」
「どう生きていきたいの?」
と、沢山、自問自答しては、沢山の葛藤や迷いと向き合い、心の奥の自分と対話してきました。
そして、それらの経験や学びが、私の生き方でも、ビジネスでも大きな軸で、揺るぎない全ての事業に対しての想いにもなっています。

現代では、意識しないと、日々の生活に流されて「どうありたいか」が分からなくなりがちです。本当の自分の声に向き合うことは、時には辛いこともあります。
理想とかけ離れて、ただただ、「私ってダメな奴・・・」と思ってしまうこともありますよね。

だからこそ、私は自分にも、お客様にも
「なりたい自分はどういう姿ですか?」
と、いつもお聞きします。
自分らしく生きていくことは、一生の課題なのかもしれません。
(ちなみに、私、熱血です(笑)
でも、せっかくご縁のあった方だから、一生懸命関わりたいと思っています。それがウザい方は、ご遠慮ください(笑))

姿形の見た目も精神的にも、もちろん、仕事や家事や育児も含めて暮らしや生きることに対してビジョンを明確にしていくことは、なりたい自分(本来の自分)を常に模索し、そこに向かって進む。
その日々の繰り返しでしかないと思うのです。

その紆余曲折そのものが、生きるってことなんだろうと思います。
人それぞれの一生をかけて、この世で魂の学びを得るためにいろんな課題を頂くんだと思います。
だからきっと、良くも悪くも全てが必要なこと、なんですよね。

3.11日。
ある日突然、命を奪われた多くの方々が教えてくれたこと。
それは、「生きていること」「明日がくること」は、当たり前でなく「生」の瞬間の儚さや、そして「死」はいつも隣り合わせである。
ということ。

「また明日ね!」と笑顔で手を振った母
しかし、その明日はなく、次の日命の灯火が消えた最期の母の姿がリアルにいつも思い出されます。

東日本大震災で沢山の犠牲者の方に謹んで追悼の意を表すと共に誕生日になると、いつも以上に母を思い出して泣く父を見ながら私は「今日も生かされました。ありがとうございます」とただただ、一日が終わるこの瞬間に手を合わせるのです。

「一日一生」
今日という一日が私の一生
朝起きて(生まれて)夜寝る(死ぬ)
毎日がその繰り返し
毎日悔いなく精一杯に

ちょっと真面目な内容になりました(苦笑)
一期一会を大事にしながら、与えられた命を精一杯皆様の為に使わせて頂きます。
もちろん、自分を大事にしながらね!


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